令和4年改正消費者契約法によるサルベージ条項の無効について
- 各種利用規約の作成業務
弁護士: 玄 政和
第1 はじめに
今年2023年の6月1日より、改正消費者契約法が施行されます。改正内容は複数ありますが、今回は、アプリやWEBサービスの利用規約等の内容にも影響する、「サルベージ条項の無効化」について簡略に解説します。
第2 サルベージ条項とは
「サルベージ条項」とは、消費者庁における消費者契約法の改正における議論の中で、
「消費者契約法その他の法令の規定により無効とすべき消費者契約の条項について、無効となる範囲を限定する条項」
と定義されています(第14回消費者契約に関する検討会(2021年3月9日)中の消費者庁事務局資料「不当条項について」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/assets/consumer_system_cms101_210308_02.pdf)等参照)。
これだけだとわかりにくいですが、上記「不当条項について」の中では、下記のように類型化されています。
① 免責文言と同一文中に留保文言があるもの
例:「法律上有効な限り、当社は一切の責任を負いません」
② 免責文言と留保文言が同一条項ではあるが同一文中にはないもの
例:「当社は一切の責任を負いません。」「その他当社の損害賠償責任を免責する規定は、消費者契約法その他法令で認められる範囲でのみ効力を有するものとします。」の文言が同一条項にあるもの
③ 免責条項と留保文言が別条項にあるもの
例:「その他当社の損害賠償責任を免責する規定は、消費者契約法その他法令で認められる範囲でのみ効力を有するものとします。」の条項が規約の末尾に記載され、規約中の別条項に「当社は一切の責任を負いません。」の文言があるもの
このようなサルベージ条項については、
①契約条項のうち有効とされる範囲が不明確となり、消費者が法律上請求可能な権利行使を抑制されてしまう
②軽過失の場合に損害賠償の限度額を定めることとせずに「法律上許される限り賠償限度額を〇万円」とする契約条項を作成する場合は、留保文言がない場合には、本来全てが無効となる可能性があるところ、「法律上許される限り」等の留保文言によって、条項の文言からはその趣旨が読み取れないにもかかわらず軽過失の一部免除を意図するものとして有効になる可能性があるという不当性がある
という指摘がなされていました(消費者契約に関する検討会「報告書」令和3年9月(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/assets/consumer_system_cms101_210910_01.pdf))。
上記「不当条項について」の中では、下記のような消費者を対象としたインタビュー結果が掲載されており、「法律により許される限り」という留保文言が加えられた免責条項について、「事業者に訴えても、責任が認められない」と理解するという回答が、買い物系プラットフォーム、検索サイトいずれも、3分の1を少し超える程度にまで達しています。また、同じ場合に「事業者の責任を訴えることを躊躇するかどうか」については、買い物系プラットフォーム、検索サイトともに、過半数の方が「はい」と回答しています。
(第14回消費者契約に関する検討会(2021年3月9日)中の消費者庁事務局資料「不当条項について」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/assets/consumer_system_cms101_210308_02.pdf)より引用)
第3 改正消費者契約法の内容
第2で述べたような状況を踏まえ、改正消費者契約法は、第8条第3項に、以下の通り、サルベージ条項を無効とする規定が新設されました。
「3 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者、その代表者又はその使用する者の重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないものは、無効とする。」
特に注意したいのは、利用規約の中の責任限定条項がサルベージ条項と見なされると、その免責規定が丸ごと無効化され、本来であれば事業者に認められたはずの「軽過失による損害賠償責任の免責」の効果も得られなくなってしまう、という点にあります。
そのため、今回の消費者契約法の改正によるサルベージ条項規制の新設は、特にWebサービス・アプリサービスのような、個人を対象とするインターネット上の利用規約のあり方に大きな影響を及ぼします。
第4 利用規約への影響及び必要な対応
2023年6月1日からの改正消費者契約法施行により、以下のような利用規約の条文は、無効化される可能性が高いものと考えられます。
・「法律上有効な限り、当社は一切の責任を負いません」
・「その他当社の損害賠償責任を免責する規定は、消費者契約法その他法令で認められる範囲でのみ効力を有するものとします」
・「賠償額は、法律で許容される範囲内において、10万円を限度とします」
・「賠償額は、現実かつ直接に発生した通常の損害(特別損害、逸失利益、間接損害及び弁護士費用を除く。)の範囲内とし、利用者が当社に支払った対価の総額を上限とします。」
そのため、もう間近となっていますが、改正法の施行日である2023年6月1日までに、上記のような免責条項を修正する必要があります。どのような文言に修正すれば良いかについては、個別具体的な検討が必要ですが、前述の「報告書」19pでは、
「仮に軽過失の場合に事業者の責任を一部に限定するのであれば、「当社の損害賠償責任は、当社に故意又は重大な過失がある場合を除き、顧客から受領した本サービスの手数料の総額を上限とする」等、具体的に8条1項各号の内容に沿った免責範囲を規定する契約条項とすることが期待される」
との言及があり、こちらをベースに修正していくことが考えられます。ただし、専門的な判断となりますので、可能な限り専門家である弁護士に相談することが望ましいといえます。
なお、上記のような利用規約の改定については、2020年に施行された改正民法における定型約款の規定のとの関係で、サルベージ条項を改定するにあたり、利用者の同意を得ることが必要かどうかという点は問題となりえます。
すなわち、改正民法548条の4では、定型約款を変更するにあたり、
・定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき(民法第548条の4第1項第1号)
・定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(同第2号)
には、相手方との間で、契約の変更について合意があったものとみなすことができ、個別に相手方の合意を得ることなく契約を変更できる旨、規定されています。
これに関して、事業者側としては、予測できない法改正に伴う適法化の措置として合理的なものである(上記第2号)といった理由で、利用者の同意を得ずに変更を進めるという対応も考えられるところです。他方で、事業者側が、改正法によりサルベージ条項が無効化された後も、従前のサルベージ条項の改定を行わずにいた場合は、当該サルベージ条項は全体として無効になるのに対し、サルベージ条項を改定した場合は、故意又は重過失がない場合は一部免責が可能となるという点では、利用者にとっては不利益であることから、上記のみなし合意の要件を満たさないとも考えられます。
多数の利用者との間で合意を巡ってトラブルが発生することを防ぐことを重視するのであれば、サルベージ条項の改定について、利用者の同意を得ておくことが、保守的な対応となるものと考えられます。
第5 おわりに
改正法が施行される2023年6月1日が間近に迫っています。至急、改定について検討を行い、施行日までに対応できるようにしましょう。