その農業データ、誰のもの?─スマート農業の契約で最初に決めておくべきこと
- アグリテック
弁護士: 柏原敬俊
はじめに
スマートトラクター、農業用ドローン、ハウスのIoT環境センサー。これらを導入すると、生育・土壌・収量・作業履歴といった大量のデータが、農機メーカーやICTベンダーのクラウドに集まります。「便利になった」一方で、後から問題になりやすいのが「そのデータは結局、誰のものなのか」という点です。本稿では、農林水産省が令和2年3月12日付で策定した「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)を手がかりに、契約段階で押さえるべきポイントを整理します。
「データに所有権はない」が出発点
直感に反するかもしれませんが、データそれ自体には、民法上の「所有権」は認められません。所有権は有体物(形のある物)を対象とする権利であり(民法85条・206条参照)、無体物であるデータには及ばないと考えられているためです。本ガイドラインも、民法上の所有権・占有権の概念に基づいてデータに係る権利の有無を定めることはできない、という整理を前提としています。
つまり、「自分の畑で集めたデータだから当然に自分のもの」とは法律上いえません。データを誰がどこまで使えるかは、原則として当事者間の契約で決めるほかありません。ここがスマート農業の契約の出発点になります。
ガイドラインの全体像
農林水産省は、平成30年12月に「農業分野におけるデータ契約ガイドライン」を策定し、令和2年3月に、AIに関する契約の考え方を加えて「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」として一体化・公表しました。現在は、農業者のノウハウやデータをAIの開発・利用に使う場面を扱う「ノウハウ活用編(AI編)」と、農業者のデータを農機メーカーや研究機関が受領する場面を扱う「データ利活用編(データ編)」の2編で構成されています。いずれも、農業者が安心してデータを提供できるよう、契約の考え方と契約ひな形を示すものです。
どんな契約で必要となる視点か
本ガイドラインは、農業データやノウハウのやりとりが生じるさまざまな契約場面で、当事者が取り決めておくべき論点と条項例を示しています。とりわけ、次のような契約で検討の出発点となります。
- システムサービスの利用契約・利用規約:農業者がスマート農機・ドローン・IoT機器等を利用するにあたり、サービス提供者との間で結ぶ契約
- AIの研究開発(共同開発)契約:農業者のデータやノウハウを学習用データとして提供し、AIモデルを開発する場面。
- データ提供契約:農業者のデータを農機メーカーや研究機関等が受領・蓄積する場面。
- 第三者提供契約:受領したデータをさらに第三者へ提供する場面。
いずれも「誰が・どのデータを・何の目的で・どこまで使えるか」を契約で線引きする必要がある場面です。
契約で決めておくべきポイント
特に確認しておきたいのは、次の点です。
- 利用目的・利用範囲:受領者がデータを何に使えるのか(自社サービスの改善のみか、第三者提供や統計加工まで含むのか等)。
- 農業者へのデータ提供:農業者が希望すれば、蓄積されたデータを農業者に提供する条項があるか。
- 派生データ・成果物の扱い:データを加工して生まれた派生データやAIモデル、知的財産権の帰属。本ガイドラインは、派生データから生じる知的財産権を原則としてデータ提供者と受領者の共有とする例を示しつつ、ノウハウ活用編では、AIの技術特性を踏まえ受領者に帰属させる規定例も挙げています。
- 第三者提供・目的外利用の制限:契約終了後のデータの取扱いも含め、利用の枠を明確にしておく。
補助金を使うなら「GL準拠」は要件
本ガイドラインは単に関連分野における契約の考え方を示すだけでなく、国の補助事業等でスマート農機・ドローン・IoT機器等を導入する場合、そのシステムサービスの利用契約を本ガイドラインに準拠させることが要件化されています。農業者が希望すればデータの提供を受けられる条項を契約に入れること等が求められ、準拠の有無はサービス提供者が弁護士等と相談のうえ自己評価する運用です。サービスを提供する側にとっては、契約・規約の整備が補助事業の入口に直結する論点といえます。
まとめ
スマート農業のデータ契約では、「データに所有権はない」ことを前提に、①利用目的・範囲、②農業者へのデータ提供、③派生データ・知財の帰属、④契約終了後の取扱いを、契約書・利用規約で明確にしておくことが肝心です。当事務所は、IT・データ関連契約のリーガルチェックを数多く手がけています。スマート農業サービスの契約・規約の整備をご検討の際は、お気軽にご相談ください。